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山古志には、昔ながらの日本の原風景に魅せられたカメラマン達が、一年を通して数多く訪れます。特に、四季折々、様々な表情を見せてくれる棚田の風景は、プロならずとも、カメラのシャッターを押さずにはいられなくなるほどです。 息をのむほど美しい一瞬を見つけて、自分だけの一枚を撮ってみませんか?「四季の山古志写真コンテスト」が毎年10月に開催されますので、是非応募してみてください。 |
Q.なぜ山古志に棚田ができたのですか?
A.地すべりによって山の斜面が緩やかになったためです。
山古志の地は500万年という歳月をかけて、海底が山になりました。海底の泥や砂でできた地層はもろく崩れやすい上、雪が解けることで多量の水が地下水に染み込み、地盤を一層不安定にし、地すべりを多発させました。地すべりが起こるたびに山は緩やかに傾斜にしていき、斜面を棚田に切り開くことを可能にしたのです。100年に1度ほど起こる地すべりや地震で棚田の一部が崩壊します。崩れるたびに新たに畦(あぜ)を作って修復し、それをくりかえして現在のような美しい千枚田になったのです。
Q.なぜ山古志の米はおいしいのですか?
A.稲作に適した土地だからです。
山古志の棚田は平地の田んぼより3〜5割も多く米が収穫できます。海底で溜まっていた多くの有機物が地すべりのたびに出てくるおかげで、豊かな土壌に恵まれるためです。また、上流に産卵しに戻るサケやマスから出たカルシウムやタンパク質が川の中に入ったり、牛の糞から作った堆肥を豊富にまくことができるため、化学肥料や農薬をあまり使わなくても上質の米ができるのです。山あいの地形は水害の影響もなく、雪が水を供給してくれるので水不足の心配もありません。山古志は自然地理学的にみても米作りに大変適した環境なのです。
Q.棚田での農作業について教えてください。
A.昔ながらの農作業が行われています。
春、まだ雪の残る早春の棚田に、冬の間に藁などで作った堆肥を運び、田んぼにまく人々の風景が見られます。これは棚田の雪消し作業と言われ、熱を持った堆肥で雪を溶かすと同時に、肥沃な耕地を作る作業です。
4月に入ると、苗を育てるための田(苗床)をつくり、選定した種籾(たねもみ)をまき、30日ほどかけて苗代(稲の苗)を作ります。苗が育つ間、本田(ほんでん)を、畦塗り(土手を盛り、塗り固める)、田打ち(クワを使って田を耕起する)、田こなし(田に水を入れて土を粉々にする)、畦きり(畦や法面《のりめん・人工斜面》の草を根こそぎ剥ぎ取る)、代かき(田んぼの土を平らにならす)の順で作っていきます。棚田は年間を通して水を張っているので、泥にまみれる重労働です。
田植えは、家族や仲間が助け合い、2週間ほどかかって手植えで行います。田植えが終わると、水田に錦鯉の稚魚を放します。稲が大きくなるにしたがって鯉も大きくなり、秋には食用にしたり、養鯉にしたりします。また、農作業の合間に山菜採りをするのも春の楽しみの一つです。
夏は草との闘いです。暑い時期に2度3度と水田の草を抜き、畦畔(けいはん・田畑の境にあるあぜ)の草を刈ります。また、野菜づくりも盛んで、ジャガイモ、サツマイモ、トマト、ナス、ピーマン、長いも、レタス、キビ、里芋、キュウリ、枝豆ほか、様々な野菜が一年を通して作られます。
黄金色の稲穂が棚田を埋め尽くすと、稲刈りの季節がやってきます。早稲品種は9月中旬から収穫を始めます。手で刈ったり、手押しの稲刈り機などを使ったりして、一反一反刈っていきます。重い稲束を遠い家まで運ぶことが困難なため、棚田の稲はカケバ(稲をかけるために木と木の間に竿や縄を何段にもはった場所)に干してその場で天日乾燥させます。この作業で、山古志の米はより一層おいしくなります。乾燥が終わっても、実のついた稲は大変重く、運び出すのは大変な仕事です。
脱穀(米を茎からはずす)が終わり、出荷や保存が終わるといよいよ冬支度です。大根を漬物にしたり、木の実や柿を収穫したり、木や家の雪囲い(雪から守るために板や藁などで囲む)をしたりと、雪が降るまで忙しい日が続きます。
近年、少しずつ機械が導入されてきましたが、山あいの棚田に機械を運び入れることが困難なこともあり、今でも昔ながらの農具で、手間と労力をかけて米作りをしています。



